目に見えるものだけが、デザインではない
最初に紹介するのは、NOSIGNERの太刀川英輔さんによる「Design Strategies for Climate Change」です。
太刀川さんは、「デザインとは何でしょうか?」という問いから講演を始めました。

モニターやマイク、椅子など、会場にあるものはすべてデザインされています。しかし、デザインは目に見える形や色だけを扱うものではありません。
たとえば椅子をデザインする場合、椅子そのものの形だけでなく、人の身体や空間、素材、製造方法、置かれる場所との関係も考える必要があります。太刀川さんは、デザインの背後には、目に見えない「関係性」があると話してくれました。
講演では、生物の進化をヒントにした「進化思考」についても紹介しました。
生物の進化は、さまざまな違いを生み出す「変異」と、環境に適したものが残る「選択」によって進んでいきます。太刀川さんは、クリエイティブのプロセスにも、これと似た構造があるといいます。
常識から外れたアイデアを数多く生み出すこと。そして、そのアイデアが現実のなかで機能するのかを、よく観察すること。この2つを行き来することで、新しいデザインが生まれていきます。
後半では、気候変動に適応するための都市開発のフレームワーク「ADAPTMENT」について紹介しました。

気候変動への対応には、温室効果ガスを減らす「緩和」だけでなく、これから起きる環境の変化に暮らしや都市を合わせていく「適応」という考え方があります。
太刀川さんは、自然や生物の仕組みから、都市のあり方を学ぶことができると説明しました。地形や水の流れを立体的に捉えること、人間の身体のように柔軟で回復できるインフラを考えること、地域のなかで人々が助け合える関係をつくることなどです。
さらに、AIを活用して一人で開発した、観光用のオーディオガイドとハザードマップを組み合わせたWebアプリも披露しました。
観光という人が興味を持ちやすい入口と、防災という考えることを避けがちなテーマを組み合わせることで、より多くの人が災害情報に触れられるようにしています。

デザインとは、ものを美しく整えることだけではなく、これまでになかった新しい関係をつくること。太刀川さんの講演では、社会や自然のなかでデザインが果たせる役割が紹介されました。
ロゴの依頼から生まれた、くまモン
続いて登壇したのは、good design companyの水野学さんです。

水野さんは、「デザインとは誰かの願いを叶えること」だと話してくれました。その“誰か”とは、仕事を依頼するクライアントや、商品・サービスを利用する消費者、またはその両方です。
講演では、その代表的な事例として、くまモンの誕生について紹介しました。
もともと水野さんに依頼されたのは、熊本県を盛り上げる「くまもとサプライズ」というプロジェクトのロゴマークでした。しかし、ロゴだけでプロジェクトを成功させることは難しいのではないかと考え、プロジェクトを広めてくれるキャラクターを追加で提案したそうです。
熊本の「くま」と、動物の「熊」が重なることに着目し、何度もデザインを繰り返して生まれたのが、現在のくまモンです。「くまもとサプライズ」のキャラクターであることから、くまモンはいつも驚いた表情をしています。

水野さんは、デザインとビジネスをつなぐために大切なこととして、3つのポイントを挙げました。
1つ目は、本当に解決するべき課題を考えること。クライアントから依頼されたものをそのままつくるのではなく、「本当にロゴだけでいいのか」と、一度問い直すことが大切だといいます。
2つ目は、そのものらしさを大切にすること。新しさや奇抜さを追い求めるのではなく、対象がもともと持っている魅力を見つけ、それを引き出していきます。
3つ目は、アイデアの完成度を高めること。良いアイデアが生まれても、最終的なデザインの精度が低ければ、十分な力を発揮できません。
水野さんは、中川政七商店や相鉄グループの事例も紹介しながら、個別のロゴや商品だけではなく、店舗や車両、制服、広告などを一貫してデザインすることの重要性を話してくれました。
ブランドを一人の人間のように捉え、どこから見ても同じ人格を感じられる状態をつくる。それによって、企業側が積極的に売り込まなくても、自然と選ばれるブランドになっていくといいます。
講演の最後には、くまモンが再びステージに登場しました。タイ語バージョンの楽曲も披露され、会場は大きな盛り上がりを見せました。

AIが広げる、クリエイティブの可能性
GLOBAL STAGEでは、AR三兄弟の川田十夢さんと、フォーデジットの田口亮さんによる対談が行われました。
対談の冒頭では、川田さんが生成AIを使って制作した、イベントのオープニング映像を上映しました。

映像は、日本とタイの文化が互いに近づいていく様子をテーマに制作されています。タイの場面ではタイの楽器、日本の場面では日本の楽器を使うというルールを決め、音楽と映像を同時に組み立てていったそうです。
音楽制作では、川田さん自身が口笛で主旋律をつくり、生成AIに楽器や伴奏を加えてもらいました。その後、イメージに合わない音を取り除き、DTMソフトを使いながら仕上げていきました。
映像についても、AIに任せきりにするのではなく、登場する風景や動き、画面の構成などを細かく指定しています。
川田さんは、頭のなかに浮かんでいる映像を言葉に変え、AIに伝えることで作品をつくっていると話してくれました。AIによって制作のスピードは上がっていますが、どのような世界観にするかを考え、出てきたものを選び、調整する工程は人が担っています。

田口さんは、フォーデジットが取り組んでいる体験デザインと、タイの大学で行っているデザイン教育について紹介しました。
あらかじめWebサイトやアプリをつくると決めるのではなく、まずユーザーの生活や行動を観察し、どのような課題があるのかを見つけます。そのうえで、どのような体験をつくるべきかを考え、必要なアウトプットを選んでいきます。
二人の対話では、AI時代における「問い」の重要性についても話が広がりました。
AIに質問すれば、短い時間で多くの答えが返ってきます。一方で、誰もが同じような質問をすれば、答えも似たものになってしまいます。
そのため、これからは答えを出す力だけでなく、「そもそも何が課題なのか」「何を質問するべきなのか」を考える力が、より重要になるのではないかと話してくれました。
対談の後半では、デザイン会社やクリエイターが扱う領域についても意見が交わされました。

川田さんは、特定の成果物をつくることではなく、プログラミングによって現実や芸術、エンターテインメントを「拡張する」ことを仕事にしています。田口さんも、フォーデジットが掲げる「Design Beyond」という考え方を紹介し、コミュニティづくりや社会課題の解決、スタートアップ、防災などへデザインの領域を広げていると話しました。
何をつくる会社なのかではなく、デザインによってどのような価値を生み出せるのか。二人の対談からは、既存の職種やカテゴリーにとらわれず、デザインの可能性を広げていく姿勢が伝わってきました。
3つのセッションから見えた、デザインの広がり
3つのセッションに共通していたのは、デザインの仕事を、決められたアウトプットのなかだけで考えていないことです。
都市を考えるときには、建物だけでなく地形や自然との関係を見る。ロゴを依頼されたとしても、必要であればキャラクターを提案する。AIを使うときには、生成されたものをそのまま受け取るのではなく、つくりたい体験や世界観を細かく考える。
扱う領域や使用する技術が変わっても、目の前の状況をよく観察し、本当に必要なものを考えることは変わりません。
今回の3つのセッションは、デザインの対象が広がり続けるなかで、クリエイターがどのように仕事に向き合っていくのかを考える機会となりました。
